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ウォーキングブログ
あと2㎞でゴール、で待っていたもの。1995年 アトランタ五輪選考会
このブログからの続きです
中国選手にスパートに追いつき、後ろについて
あと1周(ラスト2㎞)となった時点で、審判長がやってきて
赤カードを見せられて、「失格」を告げられました。
選考会での2度の失格。もう五輪の可能性がほぼなくなった瞬間でした。
そして、離れた日本選手はしっかりレースを作り日本記録を更新して2位に入りました。
覚えているのは、すぐにはみんなの所へには戻れず
独りコースを離れて、一緒にきたチームメイトの顔を思い浮かべる
そして、顔を思い浮かべても涙が出なくなったら、みんなの所に戻ろう、
っと、決めて一人一人の顔を思い出しました。
もし、涙がでたらまた一人一人の顔を思い浮かべることをやり直して。。。
どうしても、最後にコーチの顔を思い浮かべると涙が出ます。
だめだ、戻れない。
っと、また最初からやり直す。
30分くらいはそんなことをしていたと思います。
鏡を見る勇気は無かったですが、みんなのところに戻っても
凄い顔をしていたと思います(苦笑)
涙を堪えすぎて酷い頭痛になりました。。。
絶望的な状況でしたが、
海外遠征へ出ることをすぐに決めました。
日本記録を出しても代表にはなれない、っと陸連からは言われましたが
「チャレンジをしないで終わることは出来ない」
っとの想いが強かったです。
つづく